3年でサブ3を達成する物語『33QUEST』

メタボ中年が無謀にも市民ランナーの大いなる頂きであるサブスリー(フルマラソン3時間切り)を目指すブログ。『サンサンクエスト』

ご挨拶とこれまでのランニング1

初めまして。管理者のサンちゃんと申します。

この度は当ブログにご訪問頂き誠にありがとうございます。

ブログを通じてですがお目にかかれて大変嬉しく思っています。

 

これまでのランニング:

2018年の7月から運動不足とメタボを気にしだした私「サンちゃん」は犬の散歩の延長でウォーキングを開始する事になりました。そしてウォーキング中にすれ違うランナー達に触発され2018年8月より私は走り出したのです当然のごとく最初は1㎞も走ることが出来ません。それでも歩いたり走ったり歩いたり走ったりしていくうちに3㎞、5㎞、10kmと走れる距離が伸びていきました。単純に長く走れるようになっていくことが嬉しくて、そして体重はそれに反比例するように減っていくので楽しかったです。

そして走れるようになってくると大会に出てみたいなと思い始め2019年の3月に開催される三浦のハーフマラソンにエントリーしました。そして完ソロでしたが11月くらいにはハーフ走(21.1km)くらいはできるようになっていました。そのころになると走ることに対して若干マンネリ気味な気持ちも芽生えていましたが大会にエントリーしている事がモチベーションとなり、走ることを続けていくことが出来ていたと思います。

2019年1月からはランニングの強度が少しずつ上がってきました。走れば走るほど速く長く走れるようになるのがおもしろくて、大会も近づいてきたこともあり2月に入るとさらに強度を上げていきました。

忘れもしないあの日、2月の12日。坂道などを利用して走り込みを行い家に帰ってシャワーを浴びた後に悲劇が私を襲いました。まるで町中の悲しみが詰め込まれたように強烈に左膝が痛み階段が下りれないではありませんか!!手すりにしがみついてどうにかこうにかこうにか下りられるといった始末でした。歩くことさえままならない状況に愕然としたのを覚えています。

今にして思えばまさか自分が膝を痛めるなんて考えもしないで強度の高い所謂ポイント練習と呼ばれるような練習を連日行っていたり、疲労の蓄積など全く考えず走る為の準備や体のケアへ対する配慮も無視して無謀に走りこんでいました。

痛みの個所は膝の外側でいわゆるランナー膝と呼ばれる「腸脛靭帯炎(ちょうけいじんたいえん)」でした。とりあえず歩いても痛みのないくらいまで数日走ることを休みましたが大会も近い事もあり直ぐに私は走り出してしまいました。しかし今思えばそれが膝痛を長引かせる一因になっていたのだろうと思います。

2019年

2/12、膝痛発症

2/17、1㎞で再発

2/23、3㎞で再発(この時点で大会出場はほぼ諦める)

3/2、3㎞で再発(三浦国際出場の志は桜の咲く前に散る事となる)

3/17、3㎞で再発(当分は走ることを断念する)

4/15、ハイキング26㎞で再発(走ってないのに!)

 

もう私はこのまま走れないんじゃないだろうか?そんな気持ちに心が支配されていくのは必然と言う他ありませんでした・・・

 

つづく

 

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